⑪ 香りの森

数十万本の紙縒り(こより)で構成された、柔らかな質感の空間です。樹林に見立てた柱7本に穴が開いており、顔を入れると岩出山の自然をもとにした香りや自然の奏でる音が広がります。

石田 智子

1958年 大阪府出身

今回の作品と感覚ミュージアムについて

ここ数年私の制作してきた作品は、日常生活の中から、という意識と共に生み出された行為であった。時間、素材、制作場所など、全てが日常生活と共存している。たとえばこの作品を始めた頃は、まとまった時間がとれないため、一作業が秒単位なる行為を見つけたという感じである。場所を取らず、何処でも何時でも始め又は止められる行為・作業である必要があった。素材もわざわざ探し買い求めるというものではなく、生活の中でいらなくなったもの、できれば大した努力もせず手に入れられるものを探した。やろうと思えば限りなくある家事、ドタドタバタバタと日々の生活に追われる中、ただ過ぎていってしまうのではなく、何か少しでも自分の存在を確かめたい、そんな気持ちになったのです。一見同じに見える毎日の米研ぎ、掃除、同じ私がするものであっても、それは一回として同じものはないのだと、、、、。そしていつしか時間がとれる状況になっても、この短い単位時間の単純な繰り返し作業は、私にとって快い行為になっていることに気づいた。そしてまた日常的な、私の前を通り過ぎるだけだった素材が、私の手の中で変化していくというそれだけの行為が、何か判らない喜びをもたらしていることにも気づいた。それは、単純な行為の繰り返しそのものが持つ宗教性、儀式性、恍惚であるのかもしれない。なにしろそれは、1ピースの力でもなく、また集合体としての迫力のせいでもない。 また私という「我」による喜びでもないような気がする。不思議な行為になりつつあるのだった。考えてみれば「虚仮(こけ)」という仏教語のとおり、変化しつづけるこの世界の、さらに末端ともいうべきうたかたの姿が私の手の中にある。紙たちはなんらかの役目を終え、またどんどん変化してゆく途中に私とかかわってくれるのだ。時には変化のスピードが変わったり、あるいは方向が少し変わったりもする。しかしいずれにしても私の手には変化そのものが実感としてある。そして勿論、紙の変化よりもダイナミックな変化が日常の中に起こる。変化の只中で変化を紡ぐような虚仮なる行為が、まるで飾りをとり、衣服を脱いで裸になっていくように感じるのは何故だろうか。まるでその行為が私の真中にあって、たとえ寒風のような変化にも暖として私を支えてくれる。そんな気がするのである。「裸にて/生まれてきたに/何不足」と禅では言うそうだが、何かそんな心境すら感じてしまうから不思議だ。かよわきもののなかの強さ、動中の静、変化の中の安定、虚仮の背後の実相、そんなことを感じて頂ければ無上の幸せである。

感覚ミュージアム香り演出

吉武利文

1955年東京都出身

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感覚ミュージアムの香り計画

人間の五感の中でも嗅覚で感じる匂いや香りは、目に見えないものであり、不確かで曖昧な存在かもしれません。しかし不確かな故に私たちの日常生活に潤いを与え、豊かなイマジネーションをかき立ててくれるものであります。感覚ミュージアムにおいても、随所でこうした匂いや香りを体験していただけるように計画しています。特に岩出山の四季折々の自然の中の匂いや香りをイメージしたものが多くあります。「灯台下暗し」といいますが、案外自分の住んでいる町の匂いや香りは、あまりにも身近で気がつかないものです。感覚ミュージアムでの嗅覚体験を通して、岩出山の自然の豊かさの再認識ができたらと考えております。また現代という時代は、物質文明の発達により、自然の中で生かされているという人間存在の本来の姿を見失ってしまったところに、様々な行き詰まり現象が起こってきているように感じられます。私たち現代人は、自分で生きる以前に生かされているという実感を持つことが大事なのではないでしょうか。この生かされているという実感は、理性だけではなく感性、感覚によって得られるものです。そこに嗅覚のような原始的な感覚の今日的な意味もあるのではないのでしょうか。ある匂いや香りを嗅いで、過去の記憶がまざまざと甦ってくることがあります。(香りの履歴現象とも呼ばれています。) このような匂いや香りの存在は、人々の人生の記憶を再現してくれるばかりでなく、人間存在の本来の意味をも気付かせてくれるのかもしれません。ホモ・サピエンスのサピエンスという意味は、匂いを感じる、あるいは味と香気を受けるという意味であったそうですが、何か象徴的に思えます。人間存在の再認識といいますと大げさですが、感覚ミュージアムにおける匂いや香りの体験が、自然の中で生かされていることの気付きとなりましたら幸いです。